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TOYO HISTORY

第6期平成11年~现在

苦难の时代を乗り越えて

苦难の时代(平成11年~15年)

バブル崩壊の影响は建设业界にも重くのしかかり、上场会社の会社更生法の申请が相次いだのもこの时期である。2003(平成15年)度の建设投资额は、ピークであった1992(平成4)年度の约64%となるなど、経営环境は厳しさの度合いを増していった。

このようななか、当社は本业での利益确保、有利子负债の削减、不良资产の売却、间接要员?経费の削减などの施策に取り组んだが、市场规模の急激な缩小に対応するためには抜本的な策を讲じなければならない状况にまで追い込まれた。

こうして、2003(平成15)年6月10日に「海上土木の事业量确保、経常利益50亿円の安定的达成、有利子负债500亿円に削减」を基本目标とする『TOYO バリューアップ计画』を発表するに至ったのである。また、「债务免除?特别融资枠の设定による金融支援、资本金减少?资本準备金の取崩し、优先株式の発行?前田建设工业㈱を割当先とする第叁者割当増资」などの财务体质强化策を実施し、过去の负の遗产を一扫して新たな一歩を踏み出したのである。

  • 中部国际空港(爱知県)

  • 九州新干线川内駅(鹿児岛県)

  • 大牟田?荒尾清扫施设组合ごみ固形燃料化施设(福冈県)

グランアルト豊洲(东京都)

主な出来事
1999年 3月 関西国际空港2期空港岛护岸筑造工事受注
1999年 7月 滨厂翱9001全社认証取得
2000年 2月 中部国际空港护岸筑造工事受注
2000年 6月 执行役员制度导入
2001年 2月 滨厂翱14001全社认証取得
2002年 7月 前田建设工业㈱との业务提携を発表
2003年 6月 『TOYO バリューアップ計画』を発表
2003年 9月 资本金减少(200亿円、その他资本剰余金へ)
优先株式を発行、债务免除を受ける
2003年10月 第叁者割当増资を実施。前田建设工业㈱が笔头株主に

现在の歩み(平成16年~)

『TOYO バリューアップ计画』発表后は、利益を重视し、存在価値ある公司を目指す経営を行うとともに、コンプライアンスとCSRの强化も図ってきている。

また、近年では海外事业の缓やかな拡大を目指し、リスク管理を彻底しながらフィリピンを中心に东南アジアやアフリカに进出している。

2011(平成23)年3月11日に発生した东日本大震灾では、いち早く港の启开作业にあたったほか、港湾を始めとして広范囲にわたる被灾地において、当社が永年培ってきたマリコンとしての技术力を遗憾なく発挥し、一日もの早い復旧?復兴を目指して工事に取り组んでいるところである。 

社会资本の整备や灾害时の復旧など当社の技术力が必要とされる场面は多い。これからも技术の研钻、人材の育成などに力を注ぎ、当社に寄せられる期待に応え続けていきたい。

  • 东京国际空港D滑走路(东京都)

  • 衣浦港3号地廃弃物最终処分场(爱知県)

  • イオン泉大沢ショッピングセンター(宫城県)

  • 舞浜ユーラシアホテル(千叶県)

  • ブラザーフィリピン工场(フィリピン)

  • 现在の鸣尾浜(兵库県)

主な出来事
2004年 4月 赤井宪彦社长就任
2005年 1月 ハノイ営业所开设
2005年 3月 东京国际空港D滑走路建设外工事受注
2007年 9月 本社を千代田区神田锦町から江东区青海に移転
2009年 7月 创立80周年
2010年 4月 毛利茂树社长就任
2011年 7月 モンバサ港コンテナターミナル开発工事(ケニア)を受注
2012年 3月 タンジュンプリオク港紧急リハビリ工事(インドネシア)を受注
2012年10月 株式併合を実施(5株を1株に併合)
2013年10月 ニソン製油所プラント海洋工事(ベトナム)を受注
2014年 4月 武泽恭司社长就任